昨日に続いて、もう少し自分の「吃音」と向き合っていこうと思います。
国立障害者リハビリテーションセンターの記事は、
以下のように進展していくと綴られています。
- 発達性吃音はの多くは軽い繰り返し(例:あ、あ、あのね)から始まります。
- うまく話せる時期もあるのが特徴です(「波がある」と言うことがあります)。
- 7~8割くらいが自然に治ると言われています。
- 残りの2~3割は徐々に症状が固定化して、楽に話せる時期が減ってきます。
- さらに症状が進むと、話そうとしても最初のことばが出なくなることが多いです。
私は2~3割に当たってしまったようですね。。
まさに私が吃る時の状態は下記に当てはまっています。
さらに症状が進むと、話そうとしても最初のことばが出なくなることが多いです。
話して吃音が出た時に、笑われたり、「ゆっくり話してごらん」と注意されたり、自分でも身体の不具合を感じたりすると、「話す(話して吃音が出る)」という行為と、笑われたり注意されたりした時の不快感が結びついて、話すことや吃音が出ることそのものに嫌悪感や不安を感じるようになります(古典的条件付け)。
何か工夫をしたこと(例:身体を動かして勢いをつける、ことばの最初に「あのー」をつける)でたまたまことばが出たという経験すると、出にくいときは常にその方法を使うようになることがあります(道具的学習)。
このように、単に「ことばを繰り返す、ことばが出ない」という症状以外の特徴(二次的行動)が見られるようになります。
その通りですね。
話すことだけでなく、「吃音」自体を不安に感じています。
それはそうですよね。
これまでの人生で幾度となく言われたらその考えが植え付けられてしまいますよ。。
(よほどメンタルが強くない限り)
そこから嫌悪感を感じてまた失敗の負の連鎖に落ちてしまいがちですね。。
道具的学習という点では、この表現はうまく伝わるかわかりませんが、
ある程度話している中でこれは吃りそうだとわかることが多いので
その場合は別の表現を使ったりしています。
頭フル回転です。。
あとは私は話したい時に頭文字で吃ることが多いので、
よく「えーーっと」という言葉を間を繋ぐために使っています。
話してる相手がどんな方かも影響してきます。
極端な例だと、
話し方もゆっくりで陽だまりのような優しい雰囲気の方と話す場合は、
こちらも安心してゆっくり心穏やかに話せるので吃らないと思います。
一方で強面の方やまくし立てるような話し方が相手だと
十中八九吃ります。
私の場合は、歌うときは一切吃りません。
何も構えず話すような時も吃りません。
少しでも構えてしまった途端、吃ってしまいます。
それほど心と密接につながっているんですね。
不思議です。
(引用元)